近年、アパレル業界では企業の合併・買収(M&A)や事業譲渡などが相次いでいる。特に2020年代に入ってからは、新型コロナウイルス感染拡大による市場変動が追い打ちをかけただけでなく、EC(電子商取引)のさらなる普及や消費者嗜好の多様化、投資会社・ファンドのアパレル参入など、さまざまな要素が複雑に絡み合いながら業界再編が急速に進んでいる。以下では、具体的な事例を織り交ぜつつ、アパレル企業がM&Aや事業譲渡・買収を通してどのような戦略を描き、どのような変革を迫られているのかを考察する。


目次
  1. 第一章:アパレル業界のM&Aを取り巻く背景
    1. 1. 消費者嗜好の変化と競争激化
    2. 2. オフラインからオンラインへのシフト
    3. 3. 選択と集中、ノンコア事業の切り離し
    4. 4. 異業種からの参入とファンドの動き
  2. 第二章:具体的事例から見るアパレル業界のM&A動向
    1. 1. EC特化型やD2Cブランドの取り込み
      1. (1) クルーズ<2138>、「SHOPLIST」運営会社を韓国社に譲渡(2025年1月)
      2. (2) Eストアー<4304>、SHIFFONの株式80%を創業者の新会社へ譲渡(2024年12月発表・2025年3月譲渡予定)
      3. (3) yutori<5892>、アパレルブランド「over print」を運営するえをかくを子会社化(2024年11月)
      4. (4) yutori<5892>、元AKB48小嶋陽菜氏創業のheart relationを子会社化(2024年8月)
    2. 2. 伝統的総合アパレルのブランド整理・再編
      1. (1) ソトー<3571>、メンズアパレル企画・販売のジェノとG-STAGEを子会社化(2025年1月)
      2. (2) ワールド<3612>、三菱商事ファッションを子会社化(2024年11月)
      3. (3) TSIホールディングス<3608>、レディースファッション「ROSE BUD」を譲渡(2024年11月)
    3. 3. ノンコア事業の切り離し・中小アパレル企業の事業承継
      1. (1) Eストアー<4304>によるSHIFFON売却(前述)やTSIによるREADY TO FASHION買収(2024年1月)
      2. (2) TSIホールディングス<3608>によるレディース衣料ブランド「ETRÉ TOKYO」事業の取得(2020年)
      3. (3) クリーク・アンド・リバー社<4763>、forGIFTの子会社化(2022年)
      4. (4) パルグループHD<2726>、レイ・カズンから「Ray Cassin」事業を取得(2024年1月)
    4. 4. 子供服・キッズ向け市場と周辺領域の動向
      1. (1) キムラタン<8107>の不動産事業シフト
      2. (2) ライスカレー<195A>、キッズ・ティーンズ向け雑貨企画会社の子会社化(2024年9月)
    5. 5. 異業種からアパレル業界への参入/撤退
      1. (1) RIZAPグループの積極的M&Aとその後
      2. (2) 不動産や放送局がアパレルに関与するケース
  3. 第三章:M&Aで得られるシナジーと課題
    1. 1. シナジーの内容
    2. 2. M&A後の統合課題
  4. 第四章:近年の主なM&A事例総覧
  5. 第五章:アパレル企業におけるM&A戦略の要諦
  6. 第六章:アパレルM&Aの今後の展望とリスク
    1. 1. 今後の展望
    2. 2. 潜在的リスク
  7. 第七章:まとめ──アパレル産業再編の行方

第一章:アパレル業界のM&Aを取り巻く背景

1. 消費者嗜好の変化と競争激化

日本のアパレル市場は、長期的には少子高齢化や消費者のファッションへの支出割合の低下など、構造的な需要縮小要因を抱えている。一方で、高品質を低価格で手にできるファストファッションや、海外からのECモール(越境EC含む)の台頭、あるいはセカンドハンド市場(リユース・リセール)やシェアリングサービスなど、新たな選択肢が増大したことで、既存企業はさらなる価格競争や差別化を迫られてきた。

2. オフラインからオンラインへのシフト

新型コロナウイルスの感染拡大期に外出自粛や店舗休業が続いたことで、リアル店舗中心のビジネスモデルは大きな打撃を受けた。結果として、企業はEC販売の強化を加速させ、オンライン接点を通じて消費者とのコミュニケーションを深める必要性に迫られた。これに伴い、物流コスト・在庫管理などの最適化も急務となり、ITを駆使したシステム統合や経営基盤の強靭化へ向けた動きが進んでいる。

3. 選択と集中、ノンコア事業の切り離し

グローバルに展開する大手アパレル企業から国内中堅まで、利益を生まなくなったブランドや、もはや強みを発揮しにくいノンコア事業を売却・譲渡する動きが顕在化している。一方、買い手側は、獲得したブランドや事業を自社のポートフォリオに組み込むことで、新規顧客基盤を取り込んだり、商品企画力・生産背景などを相互に活用したり、といったシナジー(相乗効果)を見込む。

4. 異業種からの参入とファンドの動き

美容・健康関連事業を手がける企業やIT企業、投資ファンドなど、アパレル以外のプレイヤーが積極的に買収に乗り出しているのも特徴的だ。ECノウハウの獲得やシステム開発力の補強、新たなブランドビジネスへの挑戦など、目的はさまざまだが、アパレル産業の境界は以前よりも拡張している。


第二章:具体的事例から見るアパレル業界のM&A動向

1. EC特化型やD2Cブランドの取り込み

(1) クルーズ<2138>、「SHOPLIST」運営会社を韓国社に譲渡(2025年1月)

ファッション通販サイト「SHOPLIST」を運営してきたCROOZ SHOPLISTが、韓国のEC事業会社MEDIQUITOUSに譲渡されるという事例は、まさに“選択と集中”の象徴的ケースと言える。クルーズはITアウトソーシング事業に経営資源を集中する方針を打ち出し、非コアとなったEC事業を整理した。もともと「SHOPLIST」は大手ファストファッションブランドや人気インフルエンサーとのコラボによって成長していたが、同社グループの再成長戦略との合致を見失いつつあった。一方で買収側の韓国MEDIQUITOUSとしては、日本市場への進出の足がかりとして知名度のある通販サイトを獲得できるメリットがある。

(2) Eストアー<4304>、SHIFFONの株式80%を創業者の新会社へ譲渡(2024年12月発表・2025年3月譲渡予定)

EC支援事業を主力とするEストアーは、アパレル商品の企画・製造を手がける子会社SHIFFONを創業者が立ち上げた新会社SFNに売却する決定を下した。アパレルブランドを持ち、EC拡大に注力してきたが、上場を見据えた事業成長には「所有と経営の一致」が望ましいと判断し、事業譲渡へと踏み切ったとされる。ここでも、売り手企業のアパレルブランドにとっては迅速かつ機動的な経営判断を可能にするオーナーシップが欠かせないという思惑が垣間見える。

(3) yutori<5892>、アパレルブランド「over print」を運営するえをかくを子会社化(2024年11月)

若年層(Z世代)をメインターゲットとするアパレル・ライフスタイル事業を展開するyutoriが、設立わずか数年の新興ブランド「over print」を手がけるえをかくを買収した事例。海外向け販売にも強みを持つアパレルベンチャーの取り込みにより、yutoriは国内外でのブランド多角化を加速させている。近年は少数精鋭のD2CブランドがSNSやインフルエンサーの活用で急成長するケースが増えており、それらを買収して自社グループに加える動きは活性化している。

(4) yutori<5892>、元AKB48小嶋陽菜氏創業のheart relationを子会社化(2024年8月)

また同yutoriは、タレント・モデルである小嶋陽菜氏が設立したheart relation(アパレルブランド「Her lip to」などを運営)への出資比率51%を取得し、話題性の高いブランド力を取り込んだ。芸能人やインフルエンサーが立ち上げるファッションブランドは高い認知度と熱量を持つファン基盤を擁しており、ECを通じて高い収益を生み出す可能性がある。yutori側は「Her lip to」以外のビューティー・ランジェリーブランドも取り込み、商品ラインナップの拡充や、Z世代~30代女性層の獲得を強力に進めている。


2. 伝統的総合アパレルのブランド整理・再編

(1) ソトー<3571>、メンズアパレル企画・販売のジェノとG-STAGEを子会社化(2025年1月)

テキスタイルの染色や加工を得意とするソトーが、メンズ服企画・卸売を行うジェノおよび関連会社G-STAGE・JAPANを買収。ECチャネルでの販売戦略強化とBtoC事業拡大が狙いとされる。大手メーカー系を含むアパレルOEMはレディス中心であるケースが多く、メンズアパレル企画のノウハウを取り込みたい企業が一定数存在している。ジェノが1993年創業、G-STAGEは2000年設立といずれも実績の長い企業であり、ソトーの海外生産ノウハウと相乗効果を狙える事例だ。

(2) ワールド<3612>、三菱商事ファッションを子会社化(2024年11月)

ワールドは三菱商事グループで衣料品・雑貨や靴を製造販売してきた三菱商事ファッションをまるごと取得。百貨店を中心とした国内有力ブランドを多数抱えるワールドにとって、これまで手薄だったOEM事業の拡充や海外輸入ブランドの代理店機能の強化を図る狙いがある。アパレル業界ではマルチブランド化によるリスク分散と幅広い顧客層への訴求が不可欠になっているため、大手が積極的にブランドを買い増す傾向は今後も続くとみられる。

(3) TSIホールディングス<3608>、レディースファッション「ROSE BUD」を譲渡(2024年11月)

逆に、大手アパレルグループであるTSIホールディングスがレディースセレクトブランド「ROSE BUD」を競合企業であるビーズインターナショナルに売却した事例は、ブランドポートフォリオの再編を象徴する。TSIは傘下に30以上ものブランドを抱えているが、そのうち不採算・低収益領域のブランドは積極的に切り離し、一方で新規ブランドの獲得には意欲を見せる。その振り子運動がこの数年で非常に顕著になっている。


3. ノンコア事業の切り離し・中小アパレル企業の事業承継

(1) Eストアー<4304>によるSHIFFON売却(前述)やTSIによるREADY TO FASHION買収(2024年1月)

アパレルECノウハウやブランド力を再編する動きの中で、大企業グループにとって十分なシナジーを生み出せずノンコア化した子会社は、積極的に譲渡される。逆にブランドや技術を取り入れたい新興企業や投資家が買い手となり、M&A市場を活性化させる構図が鮮明化している。

(2) TSIホールディングス<3608>によるレディース衣料ブランド「ETRÉ TOKYO」事業の取得(2020年)

TSIグループが3ミニッツから「ETRÉ TOKYO」を買収した際には、若年女性がSNSを駆使してECで完結するブランドの高い収益性を評価したとされる。いわゆる“D2C型”のブランドを大手グループが取り込むことで、従来の店舗販売中心のビジネスモデルを補完できるのが魅力だ。

(3) クリーク・アンド・リバー社<4763>、forGIFTの子会社化(2022年)

クリーク・アンド・リバー社はクリエイター派遣など人材サービスを基盤とするが、アパレルやマーケティングに特化した企業を買収する事例も散見される。3DCGを活用したDX支援など、ITとアパレルを掛け合わせた新ビジネスが登場しており、こうしたニーズが中小企業の買収を後押ししている。

(4) パルグループHD<2726>、レイ・カズンから「Ray Cassin」事業を取得(2024年1月)

アパレル企業が民事再生や経営破綻に追い込まれるなか、ブランドごと買い取られて再生を図る事例も相次いでいる。パルグループHDによる「Ray Cassin」ブランドの取得は典型例で、倒産した企業から権利や店舗網を引き継ぐことで、ブランド力やファンを抱えつつ新体制で再スタートを切る。


4. 子供服・キッズ向け市場と周辺領域の動向

(1) キムラタン<8107>の不動産事業シフト

ベビー服大手のキムラタンは、不動産会社の月光園(2024年1月)や和泉商事(2022年4月)を次々と買収し、不動産事業を新たな収益の柱としている。一方でアパレル事業を縮小傾向に転じるという逆パターンだ。創業が古い繊維・アパレル企業の中には、すでに長年の構造不況下で持っていた不動産収益に活路を見出すケースが増えている。

(2) ライスカレー<195A>、キッズ・ティーンズ向け雑貨企画会社の子会社化(2024年9月)

子供向けの財布やポーチ、バッグなどを手がける松村商店をライスカレーが買収した事例では、OEM・ODMの機能と販路を取得するのが目的とされた。若年層はSNSでトレンドが拡散しやすく、低価格帯の雑貨でもヒットが出れば短期的に大きな売上が見込める。ここへ大手や中堅が参入するためには、商品企画の敏捷性や小ロット対応が得意な企業を取り込むのが近道と考えられる。


5. 異業種からアパレル業界への参入/撤退

(1) RIZAPグループの積極的M&Aとその後

健康コーポレーション(現RIZAPグループ)は一時期、アパレル事業への大型投資を立て続けに行い、ジーンズメイト<7448>へのTOB、マルコやアンティローザ、三鈴など多数の企業を傘下に収めた。しかし期待されたシナジーが十分に出せないまま業績低迷する企業も多く、その後はノンコア事業の整理を進め、グループ再編を行っている。例えば、2020年には三鈴をITbookホールディングスへ譲渡、エンジェリーベやシカタなどの扱いも状況に応じて見直してきた。

(2) 不動産や放送局がアパレルに関与するケース

アパレルは「製造小売」(SPA)を中心に独自性を保ってきたが、不動産会社や放送局など他業種プレイヤーの買収・出資も少なくない。朝日放送グループHD<9405>が女性向けアパレルEC企業Eimを子会社化(2024年4月)した事例では、テレビやメディアを活用したマーケティングや番組コラボなどを見据えているとみられる。今後は自社メディアでの販促とアパレル販売を融合する動きが加速する可能性がある。


第三章:M&Aで得られるシナジーと課題

1. シナジーの内容

  • ブランドポートフォリオの拡張
    顧客層の拡大やターゲット分散効果が見込める。特にレディス・メンズに加え、スポーツウエアやキッズ、ランジェリーなど領域を増やすことで販売リスクを分散。
  • EC強化とデジタルトランスフォーメーション(DX)
    IT企業やECノウハウを持つベンチャーを取り込むことで、既存組織のデジタルリテラシーを底上げ。倉庫管理システムや顧客データ活用などが進む。
  • 生産・物流体制の効率化
    海外生産・OEM/ODMのノウハウを共有することでコスト削減や品質安定が期待できる。大型物流倉庫や配送網を統合し、サプライチェーンを最適化する事例も増えている。
  • 海外展開の加速
    外資系企業を買収して逆に海外販売網を得る場合や、外資系から日本事業を買い取る事例が増えている。特に韓国・中国との相互進出にはM&Aがしばしば活用される。

2. M&A後の統合課題

  • ブランドイメージの維持・再構築
    別資本の下に入ることでブランドコンセプトがぶれてしまい、従来ファンの離反を招くリスクがある。オーナーデザイナーが残留するのか、組織体制をどう維持するのかなどの設計が重要。
  • 在庫管理や店舗網の統合
    ブランドごとに在庫管理・販売チャネルが異なる場合、統合には時間とコストがかかる。また、重複出店や百貨店・ファッションビルとの契約関係も見直す必要がある。
  • 企業文化の違い
    ベンチャー気質の強いD2Cブランドと、老舗アパレル大手の風土が噛み合わず、人材離脱やスピード感の低下を引き起こす例もある。

第四章:近年の主なM&A事例総覧

ここで挙げたもの以外にも、多数のM&Aが行われてきた。以下に2020年代に発表された事例をざっと振り返り、どのようなカテゴリに属するかを俯瞰する。

  • アパレルブランドの譲受/譲渡(ブランド整理・再編系)
    • TSIホールディングス:「ROSE BUD」事業をビーズインターナショナルへ(2024年)
    • パルグループHD:「Ray Cassin」事業を倒産企業レイ・カズンから取得(2024年)
    • ワールド:三菱商事ファッション買収(2024年)など
  • EC企業・D2Cブランドの取得(EC強化系)
    • クルーズ:「SHOPLIST」事業を韓国MEDIQUITOUSへ(2025年)
    • yutori:「over print」や「Her lip to」など話題性のある若年層ブランドを次々と買収(2024年)
    • ロコンド:Fashionwalker、SPORTS WEB SHOPPERS(フェアプレイ)、Reebok国内事業の一部取得 ほか
  • ノンコア事業の売却(事業集中系)
    • クルーズ<2138>:EC事業切り離し
    • キムラタン<8107>:保育事業の売却、不動産事業に注力
    • マーチャント・バンカーズ<3121>:アパレル・雑貨店ケンテンの株式譲渡(2024年)
  • 事業承継や中堅企業のOEM/ODM獲得(領域拡大系)
    • ソトー:ジェノ、G-STAGE取得(メンズアパレル企画)
    • クロスプラス:中初(帽子卸)、アイエスリンク(化粧品)など多数買収
    • モリト:Ms.ID買収(2024年)
    • ライスカレー:松村商店買収(キッズ・ティーン向け雑貨)
  • 異業種・ファンドによる大型買収(戦略投資系)
    • RIZAPグループがジーンズメイトやマルコなどを買収(2010年代~2020年代前半)
    • 健康コーポレーションがアンティローザなどを子会社化(2014年)
    • 中国資本(山東如意科技集団など)によるレナウンへの出資(2010年)

第五章:アパレル企業におけるM&A戦略の要諦

以上の例から見えてくるのは、次のような戦略的要諦である。

  1. EC・ITシステム活用への迅速な舵取り
    コロナ禍以降の市場変化に乗り遅れると回復が難しいため、ITシステムや倉庫管理を含めた統合・改革が避けられない。外部リソースを積極的に取り込むM&Aが増える背景に、IT人材不足や開発負荷の大きさがある。
  2. ブランドの明確なセグメント化と再構築
    「ヤングレディス」「ミセス」「スポーツウェア」「D2C」など、それぞれのセグメントで明確にコンセプトを打ち出すブランドポートフォリオを組み立てなければ、低価格競争に巻き込まれやすい。多くのブランドを抱える大手アパレル企業では、不採算ブランドの売却と高収益ブランドの強化が同時並行で進む。
  3. 事業承継・後継者不在を狙ったM&A
    中堅・中小のアパレル企業やOEM/ODM事業者の中には、オーナー経営者の高齢化や事業継続に必要な投資ができず、後継者難を抱えるケースが多い。そこに大手・中堅が買収の手を差し伸べる形で市場再編が進む。
  4. 販路拡大と海外展開
    得意領域が国内百貨店に偏っている企業は海外へのブランド展開を志向する。海外ビジネスに強い企業や外資との提携・買収によって、販路や生産拠点を効率よく整備できるのは大きなメリット。
  5. 異業種連携による新規顧客開拓
    美容や健康と連動した商品企画、スポーツやアウトドアとのコラボレーション、メディア企業や不動産企業との接点強化など、ファッションビジネスが多様な業種と融合する事例が広がる。M&Aや資本業務提携がその原動力となっている。

第六章:アパレルM&Aの今後の展望とリスク

1. 今後の展望

  • さらに加速するブランドの取捨選択
    消費者の価値観は新陳代謝が激しく、Z世代向けブランドやD2Cの乱立状況は当面続くと思われる。一定の知名度を獲得したベンチャーブランドが、大手やファンドに買収される流れはますます加速するだろう。
  • アパレル企業のESG・サステナビリティ対応
    環境負荷やSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みがアパレル業界においても必須になり、サステナブル素材開発やリサイクル事業などのノウハウ獲得を目的とする買収案件が増える可能性がある。
  • 国内市場の限界と海外市場開拓
    人口減少が進む日本市場のみで業績を伸ばすのは難しくなっている。中国や東南アジア、欧米への販路を持つ企業や、現地での生産拠点や販売網を整備している企業を取り込むことで、一気に海外展開を進めるシナリオが描かれる。

2. 潜在的リスク

  • 過度なブランド拡張とアイデンティティの曖昧化
    立て続けにM&Aを行う大手が、自社のメインブランドの求心力を低下させるケースもある。ブランドごとの差別化がうまくできず、投資回収が進まないリスクが潜む。
  • アパレル特有の在庫リスク
    統合後に在庫調整が間に合わず、多額の在庫処分費用が発生するおそれがある。特に季節物やトレンド商品を扱うファッションは在庫回転率が収益を大きく左右するため、M&Aのタイミングや在庫評価が重要。
  • 人材離脱・ノウハウ流出
    ブランドの核となっていたデザイナーや企画スタッフが買収後に退職してしまい、ノウハウが流出する事態は珍しくない。買収時の契約・ロックアップや報酬設計など、ソフト面を丁寧に詰める必要がある。

第七章:まとめ──アパレル産業再編の行方

2020年代前半から2025年にかけて、アパレル業界ではブランドの売買やOEM・ODM事業者の統合、EC専業ブランドの立ち上げからM&Aによる事業拡大など、多彩な再編が加速度的に進行してきた。その要因を整理すると、

  1. EC化率の上昇とデジタル化
  2. 持続的なコスト圧力とグローバル競争
  3. 人口動態・若年層市場の変化
  4. ファストファッションやリユース市場などの影響
  5. 資金力を活かした外資系・ファンド勢の参入

といったキーワードが浮かび上がる。

かつては百貨店を主な販路とし、各社が数十ブランドを抱えていた時代から、コスト高や消費者ニーズの変化に対応しきれず、多くの企業が不採算ブランドやノンコア事業を切り離している。一方で、新興D2Cブランドや海外展開に強みを持つ企業を買収し、新たな顧客基盤や企画力、デジタル技術を獲得する動きが並行して起きている。

M&Aはブランドの強化・再構築や業務効率化に有効な戦略である一方、短期間で「いかに企業文化を融合させ、強みを落とさずに活かすか」という高度な経営スキルが要求される。特にファッション産業はクリエイションの側面が強く、人が原動力となるため、数値的なシナリオだけではなく“ブランドの魂”をどう残すかが成否を分ける。

そのため、アパレル企業がM&Aを成功させるには「どこまで事業再編でコスト削減を図るか」「どこまでブランド価値を尊重し経営の自由度を保たせるか」を両立させる舵取りが求められるだろう。今後さらに進行する人口減と競合激化の中で生き残りをかけるアパレル企業は、M&Aを通じて業界横断の新たなプラットフォームづくりを進め、顧客に寄り添った価値提供とデジタルシフトを推し進めていくと考えられる。

2025年以降も、ノンコア事業を切り離して収益性を高める動きや、D2Cブランドを傘下に迎えて新規顧客を開拓する動きは一層盛んになるだろう。アパレル企業の「再成長シナリオ」は大きく書き換えられ、その中心にあるのがM&Aを含めたグループ再編である。消費者から見れば、お気に入りのブランドがいつの間にか別の大手グループ傘下になっていた、という事態はこれからも珍しくなくなるはずだ。

アパレル産業は国際競争や技術革新を背景に変貌が激しい市場だが、そのなかで良質なブランドを育て、ファンに支持される企業こそがM&Aというビジネス上の再編を超えて、次代のファッションカルチャーをリードしていく存在となるだろう。